伝えにくいことを伝える時:無意識バイアスを乗り越え、チームの信頼を維持する実践アプローチ
はじめに:伝えにくい情報を共有する難しさと、そこに潜むバイアス
チームリーダーや企画職として、時としてプロジェクトの遅延や計画変更、あるいはメンバーのパフォーマンスに関する懸念など、伝えにくい情報をチームや関係者に共有する必要が生じます。このような状況での情報共有は、単に事実を伝えるだけでなく、受け手の感情や反応、そしてその後の行動に大きな影響を与える可能性があります。
伝え手としては、「どう伝えれば波風が立たないか」「相手を傷つけないか」「反発されないか」といった懸念から、情報の共有をためらったり、表現を曖昧にしたりすることがあります。一方、受け手も、ネガティブな情報に対して防御的になったり、都合の悪い部分を聞き流したりすることがあります。
こうした「伝えにくい」状況でのコミュニケーションには、私たち自身の無意識のバイアスが深く関わっています。これらのバイアスに気づき、適切に対処することは、情報の正確な伝達を可能にし、チーム内の信頼関係を維持・強化するために非常に重要です。
伝えにくい情報共有の際に働く無意識バイアスの種類
伝えにくい情報を共有する場面では、様々な無意識バイアスが働き得ます。主なものをいくつかご紹介します。
伝える側のバイアス
- フィルタリングバイアス(Filtering Bias): 伝え手が、受け手に都合の悪い情報やネガティブな情報を意図的に伏せたり、歪めたりして伝える傾向です。「上司に怒られたくない」「チームの士気を下げたくない」といった動機から生じやすいバイアスです。
- 楽観主義バイアス(Optimism Bias): 将来の出来事を実際よりも楽観的に見積もってしまう傾向です。困難な状況でも「何とかなるだろう」と考え、問題の深刻さを過小評価して伝えてしまうことがあります。
- 自己奉仕バイアス(Self-Serving Bias): 成功は自分の能力や努力によるものと考え、失敗や問題の原因は外部要因にあると考えがちな傾向です。問題の原因を説明する際に、自身の責任を過小に、外部要因や他者の責任を過大に伝えてしまう可能性があります。
- 現状維持バイアス(Status Quo Bias): 現状からの変化を避けてしまう傾向です。困難な状況を打開するための新しい提案や厳しい判断の必要性を伝える際に、現状維持の方が楽だと無意識に感じ、変革の必要性を弱めて伝えてしまうことがあります。
受け取る側のバイアス
- 確証バイアス(Confirmation Bias): 自身の仮説や信念を裏付ける情報ばかりに注目し、それに反する情報を軽視・無視する傾向です。伝えられた情報のうち、自分の都合の良い部分や、すでに抱いている懸念を裏付ける部分のみに耳を傾けてしまうことがあります。
- 防衛的帰属バイアス(Defensive Attribution Bias): 問題が発生した際、自分と似た立場の人(例:同じチームのメンバー)に対しては外部要因に原因を求めがちですが、自分と異なる立場の人(例:他部署の担当者)に対しては内部要因(その人の能力や不注意)に原因を求めがちな傾向です。ネガティブな情報を共有された際、無意識のうちに責任の所在を他者や外部に押し付けようとしてしまうことがあります。
- 感情ヒューリスティック(Affect Heuristic): 特定の情報や状況に対して抱く感情(好き・嫌い、快・不快)が、その評価や判断に無意識に影響を与える傾向です。伝えられた情報そのものよりも、それを伝えてきた人に対する感情や、情報が引き起こす自身の不快な感情によって、情報の受け止め方が歪められてしまうことがあります。
バイアスが情報伝達に与える影響
これらのバイアスが働くと、伝えたい情報が正確に伝わらなかったり、チーム内に不必要な緊張や不信感を生んだりする可能性があります。
- 情報の曖昧化・遅延: 伝え手がネガティブな情報を伝えるのを避け、遠回しな表現を使ったり、共有を先延ばしにしたりすることで、状況の悪化を招くことがあります。
- 責任の押し付け合い: 原因の説明に自己奉仕バイアスなどが働くと、特定の個人や部署が不当に非難されていると感じ、反発や責任の押し付け合いが生じやすくなります。
- 不信感の増大: 情報が都合よくフィルタリングされたり、歪められたりしていると感じると、チームメンバーはリーダーや他のメンバーに対する信頼を失う可能性があります。
- 建設的な議論の阻害: 感情ヒューリスティックなどにより、情報そのものよりも感情的な反応が優先され、問題解決に向けた冷静で建設的な議論が難しくなります。
自身のバイアスに気づくためのセルフチェック
伝えにくい情報を扱う際に自身の無意識バイアスに気づくことは、第一歩として非常に重要です。情報共有の準備をする際に、以下のような点を自問自答し、自身の思考や感情を観察してみることが役立ちます。
- なぜこの情報を「伝えにくい」と感じているのだろうか? 具体的に何を懸念しているのか?(相手の反応、自分の評価、将来への影響など)
- この情報を共有する前に、無意識に事実をフィルタリングしたり、表現を和らげようとしたりしていないだろうか?
- この状況の原因について説明する際、自身の貢献や責任を過小評価し、他者や外部要因の影響を過大評価していないだろうか?
- この情報がもたらす将来の見通しを、現実よりも楽観的に捉えていないだろうか? 最悪のシナリオも考慮できているか?
- この情報を共有することで、具体的にチームにどうしてほしいのだろうか? その目的は明確になっているか? 目的が明確であれば、どのような情報が必要か、どのような伝え方が適切かをより客観的に判断できます。
- 信頼できる同僚やメンターに、伝えようとしている内容や伝え方について客観的な意見を求めてみることはできるか? 第三者の視点を取り入れることで、自身のバイアスに気づきやすくなります。
正確かつ建設的に伝えるための実践アプローチ
無意識バイアスに気づいた上で、伝えにくい情報を正確かつ建設的に共有し、チームの信頼を維持するためには、いくつかの具体的なアプローチが有効です。
1. 事実と解釈・感情を明確に分ける
情報を整理する際に、客観的な事実(何が起きた、どのようなデータがある)と、それに対する自身の解釈や感情(どう感じた、どう思った)を意識的に区別します。そして、伝える際には、まずは事実を提示することを優先します。これにより、受け手も感情的な反応ではなく、客観的な情報に基づいて状況を理解しやすくなります。
- 実践アイデア: 伝えたい内容を箇条書きで書き出し、各項目が「事実」か「解釈・感情」かを分類する習慣をつける。事実のみを抽出した上で、どのように伝えるかを検討します。
2. 共有の目的を明確にし、チーム全体への影響を伝える
なぜこの情報を共有するのか、その目的をチームに明確に伝えます。単にネガティブな状況を報告するだけでなく、「この情報を受けて、チームとして何を学び、どう行動する必要があるのか」という視点を共有します。問題を個人や一部の責任とするのではなく、「私たち」の課題として捉え、チーム全体で解決に取り組む姿勢を示すことが重要です。
- 実践アイデア: 「この件について共有したいのは、〜という状況だからです。これはチーム全体の〜という目標達成に影響するため、皆さんと一緒に今後の進め方を考えたいと考えています」のように、目的とチームへの関連性を冒頭で伝えます。
3. 適切なタイミングと方法を検討する
伝えにくい情報は、相手の状況や心の準備も影響します。チーム全体に伝えるべきか、個別に伝えるべきか、会議で話すか、1対1の面談が良いかなど、内容や相手との関係性に応じて最適なタイミングと方法を検討します。十分な時間を確保し、落ち着いて話せる環境を選ぶことも大切です。
- 実践アイデア: 重要な情報は、メールだけでなく対面やオンライン会議など、双方向のコミュニケーションが可能な場で共有することを基本とする。事前に「少し重要な話があります」のように、相手に心の準備を促す一言を添えることも有効な場合があります。
4. 具体的なアクションや次へのステップを含める
問題や懸念を共有するだけでなく、それに対する自身の考えられる対策案や、チームとして今後どのように進めていくべきかの提案を含めます。これにより、受け手はただネガティブな情報を受け取るだけでなく、問題解決に向けた道筋が見え、建設的な議論に参加しやすくなります。
- 実践アイデア: 「現在の状況は〜です。このままでは〜のリスクがあります。そこで、考えられる次のステップはA、B、Cです。皆さんでどの方法が良いか、あるいは他に良い方法がないか、一緒に検討できませんでしょうか」のように、問題提起とセットで解決に向けた選択肢を提示します。
5. 質問や異なる意見を歓迎する姿勢を示す
情報を伝えた後、受け手の反応を注意深く観察し、質問や懸念を率直に表明しやすい雰囲気を作ります。異なる意見や反論が出た場合でも、感情的にならず、まずは相手の言い分を傾聴し、理解しようと努める姿勢を示します。双方向の対話を通じて、情報の受け止め方のズレを修正し、より深い理解と合意形成につなげます。
- 実践アイデア: 情報共有の最後に、「この件に関して、何か不明な点はありますでしょうか」「皆さんから見て、別の懸念点やご意見はありますでしょうか」のように、具体的に問いかけを行います。
実践事例:困難な情報共有にバイアスと向き合ったケース
事例1:プロジェクトの進捗遅延を伝える
あるプロジェクトで、予定していたリリース日から大幅な遅延が発生することが確実になりました。チームリーダーは、クライアントや関係部署への報告、そしてチーム内での共有に強いプレッシャーを感じていました。「チームの評価が下がるのではないか」「メンバーがモチベーションを失うのではないか」といった恐れから、事実をやや和らげて伝えようとするフィルタリングバイアスや、まだ挽回できるかもしれないという楽観主義バイアスが働きそうになりました。
しかし、過去の経験で、曖昧な情報伝達がさらなる問題を招いたことを思い出し、自身のバイアスに気づきました。そこで、以下の実践を行いました。
- 事実の整理: なぜ遅延が発生したのか、具体的なタスクの遅れや発生した課題を客観的なデータに基づいて整理しました。特定の個人の問題ではなく、技術的な課題や連携のボトルネックなど、構造的な問題に焦点を当てました。
- 目的の共有: チームメンバーに対して、「現在の厳しい状況を正直に共有し、原因を分析し、皆で乗り越えるための対策を考えたい」という目的を明確に伝えました。
- 「私たち」の課題として提示: 「この遅延は、チーム全体の課題として捉え、皆で原因を分析し、リカバリープランを策定しましょう」と呼びかけました。責任追及の場ではないことを明確にしました。
- 建設的な対話: 遅延の状況と分析結果を共有した後、メンバーからの質問や懸念、そしてリカバリープランに関するアイデアを積極的に求めました。一部のメンバーから懸念や原因に関する異なる見解も出ましたが、それらを傾聴し、情報共有の場で共に分析することで、チーム全体の状況認識が一致しました。
結果として、厳しい状況ではありましたが、チーム内で事実が正確に共有され、非難の応酬ではなく、前向きに解決策を検討する雰囲気を作ることができました。クライアントや関係部署への報告も、事実に基づいた誠実なものとなり、信頼の維持につながりました。
事例2:メンバーのパフォーマンスに関する懸念を伝える
チームリーダーは、あるメンバーのパフォーマンスが期待を下回っていることに気づき、フィードバックをする必要性を感じていました。「相手を傷つけたくない」「どう伝えれば良いか分からない」といった感情から、遠回しな表現や一般的な励ましに留めてしまい、具体的な課題が伝わらないという経験が過去にありました。これは、コンフリクト回避のバイアスや、相手からの反発を恐れる気持ちから生じるものでした。
自身のバイアスに気づき、以下のようにアプローチを変えました。
- 事実に基づいた観察: 期待値と、実際の行動や成果の具体的な事実(例:特定のタスクの完了期日遅れ、報告内容の不足など)を記録し整理しました。
- 1対1での対話: チーム全員の前ではなく、落ち着いて話せる1対1の場を設定しました。
- 期待値と現状のギャップを具体的に伝える: まずは、そのメンバーの強みや貢献に感謝を伝えた上で、「期待している成果はAですが、現状はBとなっています。具体的には、〜という点で課題が見られます」のように、期待値と現状のギャップ、そして課題点を具体的な事実に基づいて伝えました。評価ではなく、期待値との比較であること、成長を支援したい意図を明確にしました。
- メンバーの認識と感情を確認: そのメンバーが自身のパフォーマンスをどのように認識しているか、この話を聞いてどう感じたか、率直に話してもらうように促しました。「この状況について、どう考えていますか?」「何か困っていることはありますか?」のように問いかけました。
- 共に改善策を考える: メンバーが抱える課題や背景にある事情を理解した上で、改善に向けた具体的なアクション(例:特定のスキルの研修、メンターのサポート、タスクの調整など)をメンバー自身と相談しながら一緒に考え、合意形成を図りました。
このアプローチにより、単に問題を指摘するのではなく、具体的な事実に基づいた建設的な対話が可能となりました。メンバーも自身の課題を客観的に認識し、改善に向けたオーナーシップを持つことができました。リーダーとメンバー間の信頼関係も損なわれることなく、むしろ強化される結果となりました。
おわりに:信頼を築くコミュニケーションのために
伝えにくい情報を共有する場面で働く無意識バイアスは、私たちのコミュニケーションの質に大きな影響を与えます。これらのバイアスは完全に排除することは難しいかもしれませんが、存在を認識し、自身の思考や感情の偏りに気づくことから実践は始まります。
そして、今回ご紹介したような「事実と解釈を分ける」「目的を明確にする」「適切な方法を選ぶ」「具体的な次の一手を提示する」「対話を促す」といった実践アプローチを取り入れることで、情報の正確性を保ちつつ、受け手の感情にも配慮した、建設的なコミュニケーションが可能になります。
このような意識と実践を継続することは、一時的な問題解決だけでなく、チーム内の心理的安全性を高め、メンバー間の信頼関係を深く築くことにつながります。信頼に基づいたチームは、困難な状況においても互いに支え合い、よりレジリエントに課題を乗り越えていくことができるはずです。日々のコミュニケーションの中で、ぜひ今回ご紹介した視点やアイデアを試してみてください。