問題発生時の原因究明に潜む無意識バイアス:本質的な解決策に繋げる実践アイデア
日々業務に取り組む中で、システム障害、プロジェクトの遅延、顧客からのクレーム、目標未達など、さまざまな問題に直面することは避けられません。これらの問題に対して、私たちは原因を特定し、再発防止や改善策を講じることで、組織やチームの成長を目指します。しかし、その原因究明のプロセスにおいて、私たちの無意識のバイアスが、真の、あるいは本質的な原因を見誤らせてしまうことがあります。
この状態が続くと、問題の表面的な解決に留まったり、誤った対策を講じてしまい、結局同じ問題が再発したり、新たな問題を引き起こしたりするリスクが高まります。本記事では、問題発生時の原因究明においてどのような無意識バイアスが働きうるのかを理解し、それらに気づき、より効果的で本質的な解決策に繋げるための実践的なアイデアやステップをご紹介します。
問題の原因究明に影響する代表的な無意識バイアス
問題の原因を探る際には、さまざまな情報に触れ、分析し、結論を導き出します。このプロセスで、私たちの認知の癖や過去の経験が影響を与え、「これだ」と思い込みやすい特定の原因に注意が向いたり、都合の良い情報だけを集めてしまったりすることがあります。代表的なバイアスをいくつかご紹介します。
- 利用可能性ヒューリスティック: 最近起こった出来事や、記憶に鮮明に残っている出来事を原因として結びつけやすい傾向です。例えば、直近で発生した小さなトラブルが、今回の問題の根本原因であると早合点してしまう、といったことが考えられます。
- 確証バイアス: 自分が最初に思いついた原因(仮説)を正しいと証明するために、その仮説を支持する情報ばかりを集め、反証する情報を軽視したり無視したりする傾向です。これにより、他の可能性のある真の原因が見過ごされてしまいます。
- 根本的な帰属錯誤: 問題の原因を、個人の性格や能力といった内的な要因に帰属させやすい傾向です。特に、失敗したチームメンバーに対して、「あの人が不注意だったから」「経験が足りないから」といった個人責めをしてしまい、システムやプロセスの構造的な問題を見落としてしまうことがあります。
- 後知恵バイアス: 問題の結果が明らかになった後で、「やっぱりそうなると思った」「原因は最初から明らかだった」と感じる傾向です。これにより、原因究明の際に、当時の状況や判断の難しさを考慮せず、簡単な原因があったはずだと思い込みやすくなります。
- アンカーリング効果: 原因究明の議論の初期段階で提示された情報や、最初に考えられた原因候補に、その後の思考や判断が強く影響されてしまう傾向です。例えば、初期の報告書で特定の担当部署や個人に言及されていた場合、その後の調査がその方向ばかりに進んでしまうことがあります。
これらのバイアスは、悪意なく、無意識のうちに働きます。しかし、これらが原因究明の質を低下させ、場当たり的な対応に繋がってしまう可能性があります。
バイアスに気づき、真の原因を探る実践アイデア
無意識バイアスは完全に排除することが難しいものですが、その存在を意識し、特定の状況で働きやすいことを知ることで、影響を最小限に抑えるための行動をとることができます。原因究明の質を高め、本質的な解決策に繋げるための実践アイデアをいくつかご紹介します。
1. 立ち止まり、複数の可能性を意識的に探る
問題が発生したら、すぐさま原因の特定や対策に走りたくなりますが、まずは一呼吸おき、「考えられる原因は複数あるはずだ」と意識することが重要です。最初の「これではないか?」という直感や推測にすぐに飛びつかず、意図的に他の可能性を探る時間を設けます。過去の類似事例、関連するシステムやプロセス、関係者の状況など、視野を広く持つように心がけます。
2. データに基づき、客観的な事実を重視する
感情や憶測ではなく、客観的なデータや記録に基づいた事実収集を最優先します。システムログ、エラーメッセージ、時系列データ、関連ドキュメント、議事録などを確認し、何が「実際に」起こったのかを丁寧に把握します。もしデータがない場合は、どのようなデータがあれば原因特定に役立つかを検討し、今後のために記録の重要性をチームで共有することも有効です。
3. 多様な視点を取り入れる仕組みを作る
原因究明を一人で行ったり、問題に直接関わった数人だけで行ったりすると、視野が狭まり、特定のバイアスに囚われやすくなります。意識的に多様な視点を取り入れる仕組みを作ります。 * 問題に直接関わっていない第三者(他チームのメンバー、他部署の担当者など)に状況説明を行い、意見を求めてみる。 * 原因究明のディスカッションに、異なる立場や経験を持つチームメンバーに参加してもらう。 * 外部の専門家の知見を借りることも検討する。
異なる視点からの意見は、自身の確証バイアスや利用可能性ヒューリスティックに気づくきっかけとなります。
4. 「なぜ?」を繰り返し、構造的な原因を探る
表面的な原因だけでなく、その背景にある構造的な原因を探るために、「なぜそれが起こったのか?」と繰り返し問いかける「Why-Why分析(5 Whys)」などのフレームワークを活用します。例えば、「Aさんがミスをした」という原因が出たとしても、「なぜAさんはミスをしたのか?(手順書が不明瞭だったから)」「なぜ手順書は不明瞭だったのか?(更新されていなかったから)」「なぜ更新されていなかったのか?(担当者が異動し、引き継ぎが不十分だったから)」のように掘り下げていきます。これにより、個人の問題だけでなく、プロセスや組織文化、システムなどの構造的な問題に気づきやすくなります。
5. 失敗を個人ではなく、システムやプロセスの問題と捉える姿勢を共有する
根本的な帰属錯誤を防ぐために、問題や失敗が発生した場合、「誰かのせい」にするのではなく、「どのようなシステムやプロセスであれば、この問題は防げただろうか?」という視点で考える姿勢をチーム全体で共有します。これにより、個人を責める文化から、組織全体の改善を目指す文化へと移行し、真の原因が話し合われやすい環境を作ります。
6. 仮説検証のプロセスを意識する
原因の候補がいくつか出たら、それを仮説として捉え、「この仮説が正しいとすると、どのようなデータや事実が存在するはずか?」と考え、それを検証するための情報を集めます。仮説に反する情報が見つかれば、その仮説は誤っている可能性があると考え、他の可能性に目を向けます。これにより、確証バイアスに陥るリスクを減らします。
実践例:システム障害の原因究明
架空の事例として、あるIT企業で発生したシステム障害の原因究明プロセスを考えます。
初期段階では、システムを操作した担当者の操作ミスではないか、という見方が強まりました(利用可能性ヒューリスティック、根本的な帰属錯誤の可能性)。しかし、チームリーダーは、すぐに担当者を問い詰めるのではなく、以下のようなプロセスを取りました。
- 事実収集: 障害発生時のログ、関連する操作記録、システムの挙動データを客観的に収集しました。担当者からのヒアリングも行いましたが、操作手順や当時の状況を淡々と記録することに重点を置きました。
- 多様な視点での検討: 開発チーム、運用チーム、そして当時そのシステムに関わっていなかった企画チームのメンバーも含めたミーティングを実施しました。それぞれの立場から考えられる原因候補を自由に挙げてもらいました。企画チームからは、最近追加された新機能と既存機能の連携部分が複雑になっているという指摘がありました。
- Why-Why分析: 「なぜ障害が発生したのか?」から始め、「なぜ連携部分で問題が起きたのか?」「なぜその連携部分のテストが十分でなかったのか?」など、構造的な問題に焦点を当てて掘り下げました。
- 仮説検証: いくつかの原因候補(操作ミス、外部システム連携エラー、内部の処理不備、新機能と既存機能の連携不備など)を立て、収集したデータや追加で実施した調査でそれぞれの仮説を検証しました。
- 結論と対策: 結果として、担当者の操作自体に問題はなく、特定の条件下で新機能と既存機能が連携する際に発生する、設計上の考慮漏れが根本原因であることが判明しました。対策として、担当者への注意ではなく、連携部分の設計見直しと修正、関連するテストパターンの拡充、そして設計レビュープロセスへの他部署参加の検討など、システムとプロセスの改善に繋がる施策が講じられました。
この事例では、最初の直感や特定の個人に原因を求めるバイアスに囚われず、意識的に多様な視点を取り入れ、データに基づき、構造的な原因を探るプロセスを踏むことで、本質的な原因にたどり着き、再発防止に向けた効果的な対策を講じることができました。
日々の業務で意識できる小さなアクション
大きな問題が発生した際の原因究明だけでなく、日々の小さな課題や想定外の出来事に対しても、原因を考える際に以下の点を意識することで、バイアスへの感度を高めることができます。
- 「この問題の原因は一つだけではないかもしれない」と自問する癖をつける。
- 最初の原因候補に飛びつく前に、「もし別の原因があるとしたら、それは何か?」と考えてみる。
- 問題について話す際、感情的な表現を避け、具体的な事実やデータに基づいて話すように努める。
- 他者の意見を聞く際、「その人はなぜそう考えるのだろう?」と、その意見の背景にある可能性を探る視点を持つ。
まとめ
問題発生時の原因究明は、単に表面的な対処を行うのではなく、その背景にある真の原因、構造的な原因を見つけ出し、組織やチームの学習と成長に繋げるための重要なプロセスです。このプロセスにおいては、私たちの無意識のバイアスが、真の原因特定を妨げる可能性があります。
利用可能性ヒューリスティック、確証バイアス、根本的な帰属錯誤など、よくあるバイアスの存在を理解し、立ち止まり、多様な視点を取り入れ、データに基づき、構造的な原因を探る意識を持つことが重要です。今回ご紹介した実践アイデアや小さなアクションを日々の業務に取り入れることで、無意識バイアスの影響を低減し、より質の高い原因究明と、それに続く本質的な問題解決を実現していくことができるでしょう。