バイアス実践ノート

メンバーの「やる気がない」は本当か?:無意識バイアスを見抜き、チームの活力を引き出す実践アプローチ

Tags: 無意識バイアス, チームマネジメント, リーダーシップ, メンバー育成, コミュニケーション

チームを率いる中で、特定のメンバーに対して「どうも最近やる気がないように見える」「他のメンバーより貢献度が低いのではないか」と感じる場面があるかもしれません。納期遅延、会議中の沈黙、新しいタスクへの消極的な反応など、いくつかのサインからそうした印象を持つことは自然なことです。

しかし、その「やる気がない」という評価が、本当にメンバーの内面や能力を正確に捉えているとは限りません。私たちの誰もが持つ無意識バイアスが、メンバーの行動や状態を評価する際に影響を及ぼし、真の状況を見誤る可能性があります。

「やる気がない」という認識に潜む無意識バイアス

メンバーの特定の行動を見て「やる気がない」と判断する際に、いくつかの無意識バイアスが影響していることが考えられます。

これらのバイアスにより、「やる気がない」という表面的な評価で思考停止してしまい、メンバーが抱える真の課題(スキル不足、コミュニケーションの問題、健康上の懸念、役割のミスマッチなど)や、チームの環境・プロセスに潜む問題を見落とす可能性があります。これは、メンバーの成長機会を奪うだけでなく、チーム全体のパフォーマンス低下にも繋がりかねません。

バイアスに気づき、真の状況を理解するための視点

自身の評価にバイアスが潜んでいないかに気づくためには、立ち止まって自身の内面とメンバーの状況を深く観察する視点を持つことが有効です。

バイアスを乗り越え、チームの活力を引き出す実践アプローチ

無意識バイアスに気づくだけでなく、それを乗り越えてメンバーの真の状況を理解し、適切なサポートを行うための具体的な実践アプローチをいくつかご紹介します。

実践アイデア1:行動記録と事実に基づく観察を習慣にする

メンバーの様子を見て何か気になった場合、その時に感じた印象(例:「やる気がなさそう」)と、そう感じた具体的な行動や状況(例:「〇〇のミーティングで発言がなかった」「××のタスクの進捗報告が遅れた」)を分けてメモに残す習慣をつけます。感情的な評価と客観的な事実を切り離す訓練をすることで、バイアスのかかり具合を自覚しやすくなります。

実践アイデア2:メンバーとの「聴く」対話を重視する

「やる気がない」と感じたメンバーに対して、評価を下す前に、まずはじっくりと話を聞く機会を設けます。1on1ミーティングなどを活用し、「何か業務で困っていることはないか」「最近、仕事について感じていることはあるか」といったオープンな質問を投げかけ、メンバーが抱えている可能性のある課題や懸念を引き出します。この際、非難するような口調ではなく、サポートしたいという姿勢を示すことが重要です。

実践アイデア3:原因を「個人」と「環境・状況」に分解して検討する

メンバーの行動の原因を探る際、それを個人の性格や能力だけに帰属させず、「本人のスキルや知識」「任された業務の性質」「チーム内の協力体制」「利用できるツールや情報」「業務量や締め切り」「チームの雰囲気や文化」など、様々な要因が複合的に影響している可能性を考慮します。例えば、タスク遅延の原因が、本人のスキル不足だけでなく、必要な情報へのアクセス方法が明確でなかったり、他のメンバーとの連携がうまくいっていなかったりすることも考えられます。

実践アイデア4:複数の原因仮説を立て、検証するプロセスを取り入れる

一つの問題行動に対して、考えられる原因を一つに絞り込まず、複数の仮説(例:Aという原因、Bという原因、Cという原因)を立てます。そして、それぞれの仮説が正しいかどうかを、メンバーとの対話や情報収集を通じて検証します。最も可能性の高い原因を特定するだけでなく、複数の要因が絡み合っている可能性も視野に入れることで、より本質的な理解に近づけます。

実践例:新しいプロジェクトへの消極性から見えた真実

あるIT企業で、新しいプロジェクトにアサインされたメンバーAさんが、事前の学習やミーティングへの参加に消極的に見え、リーダーは「新しいことへの意欲がないのだろうか」と感じたとします。根本的な帰属エラーにより、Aさんを「変化を嫌うタイプ」と判断しそうになりました。

しかし、リーダーは立ち止まり、以下のステップを試みました。

  1. 行動の具体化: 「消極的」と感じたのは、プロジェクトの事前学習用の資料がほとんど手つかずだったこと、最初のキックオフミーティングで発言が少なかったことだと特定。
  2. 他の原因の検討: 「やる気がない」以外に、「資料が難しすぎた」「他の業務で手一杯」「プロジェクトの内容に不安がある」「ミーティングの雰囲気に馴染めない」といった可能性を考えました。
  3. 対話による情報収集: Aさんと1on1の時間を持ち、資料の進捗について尋ねる際に「何か困っていることはないか」と問いかけました。すると、Aさんから「実は、プロジェクトの技術要素が未知のもので、資料を読んでも理解が進まず、質問するのも恥ずかしくて...」という不安が共有されました。過去に似たような経験で苦労したことがあり、確認バイアスにより「自分には無理だ」と思い込んでいたことも分かりました。
  4. 原因の特定と対応: 原因は「やる気がない」のではなく、「未知の技術に対する不安」と「学習方法への戸惑い」、そして「心理的な壁」にあると特定できました。リーダーは、Aさんにメンター役のメンバーをアサインし、分からない点を気軽に聞けるようサポート体制を構築。また、短時間で集中的に学習する時間を確保するなど、具体的な行動を促しました。結果として、Aさんは技術への理解を深め、プロジェクトでも積極的に貢献するようになりました。

この例のように、表面的な行動や第一印象に囚われず、無意識バイアスに注意を払いながら多角的にアプローチすることで、メンバーの隠れた課題や可能性を見出し、チーム全体の力を引き出すことにつながります。

日々の行動アイデア・ワーク

まとめ

チームメンバーの「やる気がない」という印象は、リーダー自身の無意識バイアスによって歪められている可能性があります。根本的な帰属エラーや確認バイアスといった心理的な傾向は誰にでも存在しますが、それに気づき、立ち止まること、そして具体的な行動や状況を客観的に観察し、多角的な視点から情報を収集することで、メンバーの真の状況をより正確に理解することが可能になります。

メンバーの潜在能力や課題は、表面的なサインだけでは見えにくいものです。自身の無意識バイアスに注意を払い、メンバー一人ひとりと丁寧に向き合う実践を続けることで、チームの隠れたボトルネックを解消し、メンバーの成長を支援し、チーム全体の活力を最大限に引き出すことにつながるでしょう。