メンバーの「やる気がない」は本当か?:無意識バイアスを見抜き、チームの活力を引き出す実践アプローチ
チームを率いる中で、特定のメンバーに対して「どうも最近やる気がないように見える」「他のメンバーより貢献度が低いのではないか」と感じる場面があるかもしれません。納期遅延、会議中の沈黙、新しいタスクへの消極的な反応など、いくつかのサインからそうした印象を持つことは自然なことです。
しかし、その「やる気がない」という評価が、本当にメンバーの内面や能力を正確に捉えているとは限りません。私たちの誰もが持つ無意識バイアスが、メンバーの行動や状態を評価する際に影響を及ぼし、真の状況を見誤る可能性があります。
「やる気がない」という認識に潜む無意識バイアス
メンバーの特定の行動を見て「やる気がない」と判断する際に、いくつかの無意識バイアスが影響していることが考えられます。
- 根本的な帰属エラー: 他者の行動の原因を、その人の内面(性格、能力、意欲)に帰属させがちになるバイアスです。例えば、タスクの遅延を「能力が低い」「怠けている」といった個人の特性のせいにしやすく、環境や状況(情報不足、ツールの不備、過重な負荷)といった外的な要因を見落としてしまう傾向があります。
- 確認バイアス: 一度「あのメンバーはやる気がない」という仮説を持つと、それを裏付ける情報(遅刻、発言の少なさなど)ばかりに注目し、反証となる情報(実は陰で努力している、他のタスクでは成果を出しているなど)を軽視したり無視したりする傾向です。これにより、最初の印象が補強され、評価が偏ってしまいます。
- 感情ヒューリスティック: 自身の感情や気分が、判断や評価に影響するバイアスです。例えば、リーダー自身が疲れていたり、他の件で不満を抱えていたりすると、メンバーの行動に対して否定的な感情を持ちやすく、「やる気がない」とネガティブに評価してしまう可能性があります。
- ハロー効果/ホーン効果: メンバーの特定の側面(例:過去の成功体験、特定の振る舞い)に対する評価が、そのメンバー全体の評価に影響するバイアスです。一部の良い(または悪い)側面が、メンバーの「やる気」という側面にも影響を与え、過大(または過小)に評価してしまうことがあります。
これらのバイアスにより、「やる気がない」という表面的な評価で思考停止してしまい、メンバーが抱える真の課題(スキル不足、コミュニケーションの問題、健康上の懸念、役割のミスマッチなど)や、チームの環境・プロセスに潜む問題を見落とす可能性があります。これは、メンバーの成長機会を奪うだけでなく、チーム全体のパフォーマンス低下にも繋がりかねません。
バイアスに気づき、真の状況を理解するための視点
自身の評価にバイアスが潜んでいないかに気づくためには、立ち止まって自身の内面とメンバーの状況を深く観察する視点を持つことが有効です。
- 「やる気がない」という評価の根拠を具体化する: 抽象的な「やる気がない」という印象ではなく、「〇〇というタスクの期日を守れなかった」「会議中に一度も発言しなかった」「新しいツールの学習に消極的だった」といった、具体的な行動や状況に分解してみます。感情や推測ではなく、観察可能な事実に基づいて考えます。
- 考えられる他の原因を多角的に検討する: その具体的な行動や状況が、「やる気がない」こと以外にどんな原因で起こりうるかをリストアップします。例えば、スキル不足、必要な情報の不足、タスクの指示が不明確、他の業務負荷が高い、体調が優れない、プライベートでの問題、チーム内の人間関係、役割への不満、心理的な安全性不足など、様々な可能性を考慮に入れます。
- 自身の状態や過去の評価を振り返る: そのメンバーに対して、過去にどのような印象を持っていたか、現在の自身の気分や状況が評価に影響していないかを確認します。特定のメンバーに対して、無意識のうちに期待値が高すぎたり低すぎたりしないか、他のメンバーと比較して判断していないかなど、自身の内面に潜む可能性のある偏りを自覚しようと試みます。
- 単一の情報源に頼らない: 自身の観察や印象だけでなく、他のチームメンバーからの視点(もしあれば、ただしプライバシーに配慮が必要)や、そのメンバーとの直接的な対話を通じて情報を収集することを考えます。
バイアスを乗り越え、チームの活力を引き出す実践アプローチ
無意識バイアスに気づくだけでなく、それを乗り越えてメンバーの真の状況を理解し、適切なサポートを行うための具体的な実践アプローチをいくつかご紹介します。
実践アイデア1:行動記録と事実に基づく観察を習慣にする
メンバーの様子を見て何か気になった場合、その時に感じた印象(例:「やる気がなさそう」)と、そう感じた具体的な行動や状況(例:「〇〇のミーティングで発言がなかった」「××のタスクの進捗報告が遅れた」)を分けてメモに残す習慣をつけます。感情的な評価と客観的な事実を切り離す訓練をすることで、バイアスのかかり具合を自覚しやすくなります。
実践アイデア2:メンバーとの「聴く」対話を重視する
「やる気がない」と感じたメンバーに対して、評価を下す前に、まずはじっくりと話を聞く機会を設けます。1on1ミーティングなどを活用し、「何か業務で困っていることはないか」「最近、仕事について感じていることはあるか」といったオープンな質問を投げかけ、メンバーが抱えている可能性のある課題や懸念を引き出します。この際、非難するような口調ではなく、サポートしたいという姿勢を示すことが重要です。
実践アイデア3:原因を「個人」と「環境・状況」に分解して検討する
メンバーの行動の原因を探る際、それを個人の性格や能力だけに帰属させず、「本人のスキルや知識」「任された業務の性質」「チーム内の協力体制」「利用できるツールや情報」「業務量や締め切り」「チームの雰囲気や文化」など、様々な要因が複合的に影響している可能性を考慮します。例えば、タスク遅延の原因が、本人のスキル不足だけでなく、必要な情報へのアクセス方法が明確でなかったり、他のメンバーとの連携がうまくいっていなかったりすることも考えられます。
実践アイデア4:複数の原因仮説を立て、検証するプロセスを取り入れる
一つの問題行動に対して、考えられる原因を一つに絞り込まず、複数の仮説(例:Aという原因、Bという原因、Cという原因)を立てます。そして、それぞれの仮説が正しいかどうかを、メンバーとの対話や情報収集を通じて検証します。最も可能性の高い原因を特定するだけでなく、複数の要因が絡み合っている可能性も視野に入れることで、より本質的な理解に近づけます。
実践例:新しいプロジェクトへの消極性から見えた真実
あるIT企業で、新しいプロジェクトにアサインされたメンバーAさんが、事前の学習やミーティングへの参加に消極的に見え、リーダーは「新しいことへの意欲がないのだろうか」と感じたとします。根本的な帰属エラーにより、Aさんを「変化を嫌うタイプ」と判断しそうになりました。
しかし、リーダーは立ち止まり、以下のステップを試みました。
- 行動の具体化: 「消極的」と感じたのは、プロジェクトの事前学習用の資料がほとんど手つかずだったこと、最初のキックオフミーティングで発言が少なかったことだと特定。
- 他の原因の検討: 「やる気がない」以外に、「資料が難しすぎた」「他の業務で手一杯」「プロジェクトの内容に不安がある」「ミーティングの雰囲気に馴染めない」といった可能性を考えました。
- 対話による情報収集: Aさんと1on1の時間を持ち、資料の進捗について尋ねる際に「何か困っていることはないか」と問いかけました。すると、Aさんから「実は、プロジェクトの技術要素が未知のもので、資料を読んでも理解が進まず、質問するのも恥ずかしくて...」という不安が共有されました。過去に似たような経験で苦労したことがあり、確認バイアスにより「自分には無理だ」と思い込んでいたことも分かりました。
- 原因の特定と対応: 原因は「やる気がない」のではなく、「未知の技術に対する不安」と「学習方法への戸惑い」、そして「心理的な壁」にあると特定できました。リーダーは、Aさんにメンター役のメンバーをアサインし、分からない点を気軽に聞けるようサポート体制を構築。また、短時間で集中的に学習する時間を確保するなど、具体的な行動を促しました。結果として、Aさんは技術への理解を深め、プロジェクトでも積極的に貢献するようになりました。
この例のように、表面的な行動や第一印象に囚われず、無意識バイアスに注意を払いながら多角的にアプローチすることで、メンバーの隠れた課題や可能性を見出し、チーム全体の力を引き出すことにつながります。
日々の行動アイデア・ワーク
- メンバーとの定期的な対話機会を持つ: 業務の進捗だけでなく、メンバーが感じていることや困りごとを気軽に話せる1on1の時間を定期的に設けます。フォーマルすぎず、心理的安全性を意識した対話を心がけます。
- 「事実」と「解釈/感情」を分けて考える練習: メンバーの行動や言動に触れた時、「これは観察された事実」「これはそれに対する自分の解釈や感情」と意識的に区別する練習をします。日記や業務ログなどに書き出してみることも有効です。
- チーム内で「困りごとリスト」を共有する: チームメンバーが業務で困っていること、ボトルネックになっていることなどを、気軽に共有できる仕組み(チャットチャンネル、短いミーティングなど)を導入します。個人の「やる気」の問題と見えがちな課題が、実はチーム共通の課題であったり、環境要因であったりすることに気づくきっかけになります。
まとめ
チームメンバーの「やる気がない」という印象は、リーダー自身の無意識バイアスによって歪められている可能性があります。根本的な帰属エラーや確認バイアスといった心理的な傾向は誰にでも存在しますが、それに気づき、立ち止まること、そして具体的な行動や状況を客観的に観察し、多角的な視点から情報を収集することで、メンバーの真の状況をより正確に理解することが可能になります。
メンバーの潜在能力や課題は、表面的なサインだけでは見えにくいものです。自身の無意識バイアスに注意を払い、メンバー一人ひとりと丁寧に向き合う実践を続けることで、チームの隠れたボトルネックを解消し、メンバーの成長を支援し、チーム全体の活力を最大限に引き出すことにつながるでしょう。